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ブレックファストの5周年ライブ

 下北沢シェルターにて「猛プッシュ」と銘打ったブレックファストの5周年ライブ。カクバリズム也。
 「イベントは(その日を)待っている間が一番楽しいんだよ。」
 これは小学校の遠足を楽しみにしていた俺に対して、母親が言った名言だが、今その言葉を深く深く噛みしめている。本当に今日は楽しい一日であった。 ブレックファストのリハ中に入ってきたユージーマンの第一声が「5周年って中途半端じゃない?」で、それを俺のマイクが拾ってしまい、シェルター中にその声が響いた気まずさ。ライブ前にタロクンや服部君とやったスケートセッション、ギュウギュウの中(いっぱい入って良かったなぁ)と思いながら観たレイザーズエッジ、セッティング中の谷口さんとの会話とそのまま舞台袖で観たユージーマン。ユアソングではMC参加したため一つ目の山場でもあったっけ。日本脳炎ではトップオーディエンスを張り、どれだけ低くステップを踏めるかに全力を傾けた。総合司会をしてくれたナナ君も面白かった。
 ライブは大いに盛り上がって感無量であった。いつもより多めの曲数にも、だれることなく一気にラストまで行けた(行けたのである)。トークはこれまでの歩みみたいなことを喋りたかったのだが、「俺たちも年取っちゃったよ」みたいな(明るい)グチっぽい感じになってしまった。年を取ったと感じる瞬間をいくつか話した(好きな子が出来たと言う友達に『アタックしなよ』と自然に言ってしまった、とか)のだけれど、「メンバー間に禿げ(自虐)ネタが増えた」という部分が飛んでしまい、後からしまったと思う。
 世界というのは結局個人の認識の中に存在している。だから意識の仕方によって世界の見え方は全く変わってしまうものだと思う。かつてスケボーとハードコアによって俺の世界は大きく変わった。ハードコアという一般的ではない音楽が誰かの世界観を揺るがすことを願ってこれからも頑張って行きたい。という後説は笑いの無い話だったけどみんなはどう思ったのであろうか。
 ライブ終了後Tシャツを配布するのはメンバーに任せて、俺は階段で帰っていくお客さんに挨拶していた。Tシャツのコストなどがかかっている関係で集客率は重要な問題だったのだけれど、結果的に沢山の人が来てくれて、沢山の人が来たから凄く盛り上がり、そういうありがたさに純粋に感謝したかったのである(素直な感謝、これも年を取ったせいだと思う。あと最近は涙腺が明らかにゆるい)。ありがとう。

 ライブ後は(サラダ屋)マックにてご飯。席順の時点で明かな面白さが予感されたが、全くその通りの最高な会食であった。久し振りのリキ君の挙動不審さは三次元では説明できないレベルで、大いなる笑いに飲み込まれた。本当あの人の格好ったら!
 しかしそのせいで打ち上げ参加が遅れてしまい、すでに完成されている会話の輪には全く入っていけなかった。仕方なく自ら立ち上げたサークルも、飲み物、テーブル、椅子、全てがそろっていなかったせいで危機的状況を迎えることとなる。しかしそんな俺たちの雰囲気を救ったのはまたしてもリキ君であった。あの飲み方ったら!
 しばらくして我がサークルの人数も減り、ナオユキ君(スレッドマーク)と飲んでいると、リカさん(ウィーアーザワールド)にいきなりこう言われた。
 「森本君って別に駒田に似てないよねぇ」
 これには少し説明しなくてはなるまい。ブレックファストのライブが始まったときに、俺がつかみとして「日本脳炎のベース、イサ君は古田新太にそっくりですよね。(我々の前が日本脳炎だったのだ)俺が牧原に似ているのと同じレベルで似てますね。」と言ったのである。この場合の牧原とは、マッキーの愛称とシャブで有名な歌手の牧原だったのだが、リカさんは巨人の牧原だと思ったらしいのである。つまり牧原(マッキー)→牧原(ピッチャー)→駒田(巨人)→ついでにイサ君の古田はヤクルトの古田だと思っていたそうだ。これは余裕の名言行きであった。

 そんなこんなで楽しかった(楽しみだった)5周年が終わり、今は猛烈な寂しさに包まれている。できれば6周年、7周年と毎年やりたいけれど、そうもいかないので(当然である)10周年を待つことにしようと思う。残念なのはワタゾウ君(トキシック・パンク)に会えなかったこと、もの凄くお世話になったのだ。そしてストラグル・フォー・プライドが出られなかったことである。昨日、今日の二日間、彼らに会えなかったのは本当に残念だった。ブレックファストの節目の時はいつも彼らが傍にいた。そして一緒にいるときはいつでも最高の時間が流れたのである。


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