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アメリカ雑感

アメリカへ行ってきた。サンフランシスコ、LA、サンディエゴでライブをするためだ。それは最高の出来事だったわけだが、いま雑感にしようかどうかは迷っている。期間が長すぎるからだ。そういえば、と言いつつ私がレコード店ユニオンのフリーペーパー、エクストラを開いてみると、そこにはバリカク氏によるスノッティUKツアーリポートが載っている。ふむふむこういう風に書けばいいのか、一日ずつ書いていくのね。

 初日といえば飛行機に乗った日のことだ、酒井君が機内からすでにテンションが高く、いろいろ駄洒落をやっていた。サンフランシスコの税関が第一関門であった、我々は観光ビザで渡米したため、バンドだとかライブをするといったことは税関でばれてはいけなかったのだ。問題は楽器を持っている酒井君と岡君だったのだが、この二人がなかなか出てこなくてちょっと不安になったね。このままあの二人が帰されちゃったらウルトラクイズみたいだな、つう不安。しばらくすると酒井君が怒りながら登場。どうやら所持金を聞かれたことに腹を立てたらしい。「俺の金がなんの関係があるんだ!」って言っていて感動。入国早々の税関への怒り、あんたハードコアをやる気だね。

 空港からまずはスーパーへ、そこで巨大なデップ(2L)を発見する。そんだけ.  こんな感じで毎日の出来事を書いていくのはめんどくさそうだからやめよう。とりあえずライブのことを書きます。
 1月31日と2月1日(ライブが31日、1日はライブを見に行っただけなんでけど、場所が同じなので記憶がゴチャゴチャになっている。) バークレーのギルマンというところでライブ。ライブハウスというよりも倉庫みたいな場所、アメリカ一発目のライブだったので結構緊張するかなと思ったけど全くの平常心。
 ライブが始まるまで暇だなって思うくらい、そう、アメリカはライブが始まるのが遅いのだ!だいたい九時くらいに始まって、12時とかまでやるの!暇だから前でスケボーしてたんだけど、それってワッツなんかと全く変わらない図式だったね。あ、でもアメリカは同じアスファルトでも路面が日本と違くてびっくり。なんつうか粒子の違い?表面の粗さが微妙に違くてその振動の足への伝わり方が妙に気になるね、気にならないけど。そんでもってそばに” ファッキン”ウォールスポットをタロクン(スケートカメラマン、Bfの写真なんかも撮ってもらっている)が発見したのでそこを攻めまくったんだけど全然出来ねぇでやんの。それでもうそれまで平常心だったのがいっきにテンションがた落ち。なんつうの、アメリカのでかさにやられたっつう感じ?「俺なんてしょせんウォールもできないパンクスなのさ・・・。」みたいな厭世な気持ちで嫌になっちゃったよ。

 気分を変えるために近くのドーナツ屋へ、ハムサンドと牛乳を買って、真面目そうな東洋人店員が「ここで食べる?持ち帰る?」って言うから「ここ」って言ったらドーナツを一個サービスでくれて、でも甘ったるそうでまずそうだな、なんて思いながら狭い店内を見回したら、今まで見たこと無いようなでっかいモヒカンが見えて思わず焦る。その瞬間俺の頭の中に昔見た映画のワンシーンがフラッシュバックした
 「マクフラーイ!この店には来るなって言っただろ!」
バック・トゥ・ザ・フューチャーのビフ・タネンばりにからまれたらどうしよう。

 「おいみろよ、ジャップがミルク飲んでるぜ、ヒャヒャヒャヒャ。」
 ・・・想像しただけで恐ろしすぎる。しかもあとでギルマンで絶対再会するじゃん!モヒカンだし、背中にデッケネが書いてあるし。

2月2日
 ミッションレコードというサンフランシスコのレコード屋でライブ、車に乗りきれないために俺とタロクンはプッシュとバスで現場へ、おぉ!俺は今サンフランシスコをプッシュしてる!ミッションはメキシカンが多くて、古着屋なんかもあるしなかなか面白く時間をつぶす。近くに「ピアノピザ」というピザ屋があり、腹が減ったので一人で買いに行く。するとどうやらブラジル系のお店らしく、店内には去年のW杯で優勝したブラジルメンバーの写真が、なにかサッカーネタを話したくなった俺は写真を眺めて大げさに驚いたり、「セレソン・・・」とつぶやいたりしたが、結局気が付いてもらえなかった。ライブはギルマンと同じくらいの盛り上がりかな?(詳しくはビデオを見直してみよう)しかしサンフランシスコのバンドは曲の合間によく喋る!だから俺も気になってることを言ってやりたかったんだけど(ナッシュ・ブリッジスみてるかい?とか)言えなかった、英語がしゃべれれば・・・。しかし外人のトークはどうなのかね?ツッコミとか存在するのかな?あるとしたらやっぱりストレートなツッコミだろうな、だから三村はアメリカで成功するとみた!そういえばぜんじろうがいまアメリカで頑張ってるよね。

 近くに靴屋があって、靴を頼まれていたから買ったんだけど値段の相場が分からないから悩んだね、相当。で、それが安いのかどうかが今でもよく分からない。ライン以外全部黒いアディダスのスーパースターなんだけど、$45ってどうなのかな?

 「うわーせめて飲み物はコーヒーにすればよかった、そうすればまだ格好ついたのに、ミルクの歌詞の英訳なんだっけな?なんか言われたらあれを言ってやりたいけどcow onしか覚えてねぇ!」

 みたいな事を考えながら、ふとパンクスをみると彼らの手にはコーヒー牛乳が!俺のと同じボトルの茶色版なの!なんだ、牛乳ってパンクシーンではありなんだ。リラックスしてのぞんだライブは凄く盛り上がった気がしたけど今考えるとそうでもないかも、トークは無し、するわけねぇだろ!

2月6日
 サンタバーバラという大学町でライブ、なんかフランキー・ヒルの地元らしいけど会えなかったな。もう完全な学生街でどの店もセイガクばっか、おそろいのカレッジTシャツ着た白人がハイタッチをやっていて感動、ラーメン食べるときにメガネが曇っている人を見たのと同じくらいの感動。で、そんな感じでサンバラ学生が共同で住んでる家のガレージでライブ、実はここら辺から雲行きがあやしくなってくるのだが、対バンしたバンドとかがなんか即興的な要素が増えてきて、ボーカルとかが変わりまくるの。文化祭みたいな感じ?あと今回一緒にツアーしたスコットランドのシャンクとじょじょに交流をとりだす。ギターの人とか明らかに面白そうなんだよね、英語わからないけどなんかの反応をとらせたくていろいろ振ったね、ラグビーボールパスしたり。

この日のガレージライブは日本で滑り気味のライブをやったときと似た感じで、どこでやっても一緒じゃん!ということを強く実感する。もちろんノーステージで客との距離が近いんだけど、腕組みしてこっちを見てる感じとかが日本のスタジオライブと凄く似ていた。

2月7日
 サンディエゴでライブ。サンディエゴだぜ!バタリアン・オブ・セインツのサンディエゴだ!H-STREETのサンディエゴだ!ということで俺は非常に興奮していたのだが、ロングビーチから車でサンディエゴに向かう途中、ツアーに同行していたミノルという男との会話によっておれは一時パニックになった。
ミ 「森本君ってどんな女の子が好きなんですか?」
俺 「かわいいこ。」
ミ 「芸能人でいうと誰ですか?」
俺 「藤田朋子」
ミ 「じゃあ嫌いな芸能人は?」
俺 「千堂あきほ」
ミ 「好きなドラマは?」
俺 「昔TBSでやってた『ほんとにゾッコンLOVEしてる』」
ミ 「そんなくどいドラマないです」
俺 「じゃあ男女7人夏物語」
ミ 「あーあれって誰が出てましたっけ?」
俺 「さんま、大竹しのぶの『いこかもどろか』コンビだろ、あと鶴ちゃんとか奥田瑛二とか・・・、あれ、あの女の人だれだっけ?さんまに深夜泣きながら告白する人!リーダー格で奥田瑛二に賀来千香子とのつき合いを止めるように言う人!」
もう全然思い出せないの!俺大好きだったのに!今でも好きなのに!小学生だった俺は、大人になったら絶対ああいう女(ひと)と大人の恋をするんだって誓っていたのに!(そして22の夏に実現させた)だれだっけ?大人っぽくて、でも可愛い声してる女(ひと)。
「他は何に出てました?」
「影の軍団で千葉真一の妹役で出てた。」
 思い出せない俺はパニックとなった。メンバーに聞いたけど誰もちゃんと見てないでやんの、おい!あれって80年代を過ごした奴らの中では視聴率100%だろ!TBSなめんな!そういえば今日のライブはサンディエゴに住んでる日本人が来るってBBSに書いてあったな。その人知ってるかな?
 結局しばらくしてから天啓を得る(池上季実子・・・!?池上季実子!!)いやー良かったよ、思い出せて。ライブはなんか森の中にある山小屋みたいなところ。酒井君がダウンヒルやりまくってた。ライブも盛り上がったし良かったな。ほんと思い出せて良かった。池上季美子。

2月8日
 LAで最後のライブ。公園の中にある施設が会場。なんというか公民館?ってかんじのハコ。ホワット・ハップンズ・ネクストがでる予定だったのだが、メンバーの車がLAへ向かう途中で故障したためにキャンセル。そういえばアメリカのライブはキャンセルするバンドが以上に多かったけど、客とかなんとも思わないのかな?リーガンSSなんて今回のツアーはほとんど一緒にやる予定だったのに結局一回しか一緒にやらなかったんじゃないかな?(記憶が定かではないけど)そしてライブの状況が全然分からなかったね。出演バンドの数、順番、時間、いっつも何にも分からないの。

日本でライブをするとき順番を気にしていたのがバカみたいだぜ。そんなわけで毎回フラフラしていたんだけどLAでは一人中華を食べに行く。国は変わってもやることは本当西荻と変わらなかったね。ライブはもうメチャクチャ、ステージがなかったんで押し寄せるだけ押し寄せてきちゃうんだもん。ドラムと客の間なんて50センチくらいしかなくて、そこが俺の立ち位置ってどういうことよ!陽くんもスネアを押さえながら叩いてたね。しかしビデオや写真でしか見られなかったアメリカのノリってやつを実感できて最高のひとときだった。叫びながらわき上がるあらゆる感情に興奮しすぎて涙が出るかと思ったぜ。俺が目指していた究極のライブの一つの答えがこの夜にはあったのではないか。しかし良いことばかりではない、興奮した俺はやっちゃいけないと思いながらもくだらない英語を叫んでしまったのだ!「ファック・ランチ!」みたいなやつ?もう寒すぎて震えがくるよマジで!プロトカルチャー!アンコールのときに客が叫んでいたのは「BREAK ME FAST!!」早く壊せってか!?やっぱ外人の英語はかっこいいなぁ。

毎回ライブ後はさっさか帰っていたのだが、この日は早く終わったのでみんなでエチオピア料理を食べに行く。ラスタ料理だ!精算を仕切っていたのはかつてロス・クルードスで世界に衝撃を与えたマーティンであった。

あとがき
  日本に帰ってきた次の日に現像した写真を受け取ると、俺はその写真を1週間持ち歩いた。そして会う人間に見せてはアメリカの思い出を語り、一人悦に入っていた。一方時差のために毎朝5時に起きていたので、早朝に雑感を書くという生活をしていたのだが、しかしそれらの行為はアメリカでのブレックファストがどうだったかをみんなに知らせたくてやっていたのではない。アメリカでの話をしているわずかな時間だけは、俺が思い出の中にいられるから俺は雑感を書いていたのだ。だから今回のアメリカ雑感はいつもより敏感に雑感していると思うがどうだろうか? とにかくそういった感じで思い出の中に住みながら、しばらく過ごしていたのだが、ようやく症状が落ち着きかけた頃に「Bfおかえり会」が開催され(企画者はドラムの陽くんなのだが)ビデオや写真を見て再び思い出の中をさまようことになってしまった。幸い昨日の下北沢でのライブがなかなか最高だったので、現在はアメリカでの思い出をさまよう日々ももようやく出口を見つけつつつある。

 アメリカにライブをしに行く。というとみんな「凄い」と言ってくれたが、ブレックファストに凄い所は全くない。凄いのは、日本のバンドをアメリカに呼んで全てを取り仕切ってくれたマックス(625)だ。我々はただライブ(とスケボー)をしていただけに過ぎない。
 マックスへの感謝はもちろんだが、今回同行してくれたタロクンとミノルのおかげで写真は500枚、ビデオは6時間、という膨大な記録を残すことができた。記録があればいつでもアメリカへ帰れるから嬉しい。彼ら二人に感謝したい。また、ブレックファスト関連のグッツをいつも作ってくれているカククンとササゲンクンも忘れてはならない。感謝したい。そして交友のある全てのバンド達、特に中沢スケート・ソサエティーとチームバリカクには大感謝だ。しかし何より今までブレックファストを見てくれたお客さん、そして苦楽を共にしたメンバーへ、ありがとう。そしてさようなら。

              2月23日 曇りの世田谷にて 森本一正


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