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ロフトでライブ。

 ロフトでライブ。南君に誘われてのオールナイトは例によって例の如く宙へ浮く。疲れているはずなのに、いや、疲れているからこそやたらと過敏になった感覚に音楽が突き刺さる。あるいは音楽に包まれる。

 踊っている女の子がやたらと可愛い。いや、動いている女ってのは可愛いものなのか?カウンターで座っている女よりもフロアにいる子の方が絶対可愛い。踊っている子は大体が健康的なのだ。それから深夜になるにつれて男と女の区別がつかなくなってくる。煙で霞がかったロフトが俺を夢幻へと誘い込み、女だなー、と思っていたら男だったという(勝手に)ドッキリ(?)が何度も訪れる。おぉ、夢の中では全てが中性的になっていく・・・。

 一方彼方DJブースの最前列ではジョージ君がライトに照らされて輝いているのであった。
しかし俺は前で踊っている子が可愛いので、最前列の盛り上がりには参加出来ないのであった。輝くジョージ君を神と見立ててお願いする。「この子とお近づきになれますように・・・。」御利益無し!

 後半楽屋に座り何となくお喋り。隣に座った南君と
「正樹はどこ行った?」
「バキさんがやばいよ。」
「あの子誰?」
みたいな他愛もない話を流れにまかせて繰り返す。お互いに前を向いて話していたけど、そういえばさ・・・と話の転換で横を向くと何とそこにはジョージ君がいるではないか。あれ?南君のはずなのに。いつの間に入れ替わったの?さすが神。
ジョージ君、あんたの御利益全く無かったよ。千葉では御利益あったけど。

 浦島太郎が竜宮城から帰ると、村は十数年の月日が経っておりました。土産に貰った玉手箱を開けると、浦島太郎はおじいさんになってしまいました。
 
 楽しい場所では全てが濃密で、日常との間には大きな隔たりがある。時間の流れは減速し、反対に意識の流れは加速する。浦島太郎が戻った時、現実では十数年経っていたということは、それは夢の濃度が高いということを意味する。浦島太郎は戻った日常へ追いつくために玉手箱を開けて老人となってしまうが、彼が老人にならなかったとしても、凝縮された意識を経験した後では無味乾燥な人生を送ったことだろうと思う。夢のような時間の後は、日常へ追いつくために時間がいっそう加速する。
 ロフトで夢を見ていた間にも現実の時間は流れていた。帰り道にすれ違う歩行者や、暇そうなコンビニの店員、何気ない風景が日常の時間の流れを証明する。俺はそれを不思議な気持ちで眺める。たった数時間の日常からの逸脱、そこに生まれた世間とのわずかな差違が日常の風景を不思議な気持ちで眺めさせる。

 帰って寝て起きた午後二時、老人にはなっていなかったが、代わりに空虚な寂しさが俺を襲う。圧迫感のある曇り空は明け方眠る時にはありがたかったが、起きた今はひたすら喪失感を増大させる。ついでに朝干した洗濯物も乾きづらい。
 凝縮した意識を感じたあとではテレビも本も味気なく、ひたすら押し寄せる寂寥と不安が俺を包む。それはまるで8月31日のようだ。しかしこの気持ちが夢から日常へ戻るための振り戻しであることを俺は知っている。明日は最大の日常、月曜日だ。俺はすぐにそこへ飲み込まれてしまうだろう、だがそれを恐れはしない。日常が続くからこそ、その先に非日常が存在することを知っているから。
 とりあえず次は29日だ。この日は俺の誕生日だから眠るわけには行くまい。

 と思っていたら夜に雪が降る。日常のほころびはあらゆる所にあるということだ。


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