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スケートDVD、「under the influence」

 柏ザックスにてライブ。なので前日から実家へ帰る。帰ると大量のプリンが用意されていたので、何かというとプリンを食べて過ごしていた。以前正史が「偽物のケーキが美味い、本物は不味い。」と言ったことがあった。ブランデーなどが入っている外国の本格的なケーキよりも、不二家などのショートケーキの方が好きだ。という事を言いたかった訳だが、これに激しく賛成する。美味しいものは結局慣れしたしんだ味なのであり、俺にとっての美味しいプリンは家で食べるこのプリンなのである。
 ガラスの器に収まったプリンが逆さになって皿に乗る。テーブルの上でお茶と並んで黄色いプリンは微かに揺れたように見える。この様子で家に帰ってきたことを実感するのだ。 トビーという人が作ったスケートDVD、「under the influence」にブレックファストの曲が使われた。これはスケボーといっても歩道やパークで滑るスケボーでは無く、全編プールで滑っているDVDだ。
 日本には無いがアメリカのプールは底が丸くなっているので、プールスケートというシーンが昔から存在していた。空のプールを行ったり来たりする様はランプのように見えるかもしれないが、実際はもっとR(角度)が厳しくて全く違う感覚らしい(俺は滑ったことが無い、夏に行くプールはどれも四角いし水が輝いていた)。さらに、プールを探し出し、周辺の様子に気を遣い、滑り、通報される前に去る、という過程などは正しくストリートスケートだ!というのはトビーの意見で、俺はそれをタロ君に聞いた。自分でこれくらいの事を言ってみたいが、何せ俺はやったことが無いので悲しいが受け売りしか出来ない。

 そもそも何故ブレックファストの曲が(ちなみにミルク)このDVDに使われるようになったのかというと、タロ君(エルブリカメラマン)とタク君(エルブリライター)が去年渡米した際にトビーやサルバ(超プロスケーター)のプールスケートを取材したのがきっかけだった。その後タロ君はスケボーの視点から見るプールに魅力を感じて、写真集を出すためにプールを巡る旅をする。そのうちのいくつかを案内してくれたトビーと親交を深める中でブレックファストのCD を渡してくれたのである。
 タロ君の写真集「POOL」では、今まで俺がスケボーをする場所と認知していたのとは、全く異質な場所が写されてた。同行していた太郎(ピーナッツギャング)が制作したDVD「POOL」は、その撮影のドキュメンタリーだが、そこではその異質な空間の背景を知ることが出来る。

 山火事で焼失した別荘地、荒野で焼け残ったのはレンガの煙突と暖炉、そしてプール。「POOL」を見ると忍び込むのは大体空き家だが、そこには前の住人の痕跡が残っていたりする。プールを持っているような家は大きく、豪華だった昔を想像させるが、そこから感じ取られるのは昔日の繁栄では無くアメリカの暗部だ。無人の家から感じるのは没落の悲しみか?いや、その乾いた画面からは何の感情も感じ取れない。それでもそこには何か意識の残骸がある気がして仕方がない。その感じ取れそうで感じ取れない何かと、大きな板でプールの中を縦横無尽に走り回るエキサイティングな滑り。この二つのコントラストが俺のアメリカと重なる。それはペティボンの絵に感じるものであり、かつてUSハードコアで感じたものだ。以前ライブで似たような話をしたら「国と文化は分けて考えないと。」と言われたが俺はそうは思わない。その国のあらゆる側面は必ずどこかに表れるのだ。
 タロ君の写真でプールの佇まいを眺め、太郎のDVDでプールの背景を知り、トビーのDVDでプールの世界を見た。そういえば昔見たブロックヘッドのビデオで、プールの脇で寝袋にくるまって寝ているシーンがあったが、アメリカでは昔からそうやってみんな滑っていたのだ。これだけスケボーをやってきて、未だに知らないスケボーの世界があったなんて驚愕と興奮が止まらない。
 バンドを始めた時からスケボーのビデオで曲が使われるのが夢だった。本当に、心の底からの夢だった。俺はトビーとは会ったことも話したこともない。プールで滑ったことも無いしプールについての話も聞いた話ばかりだ。しかし今までやってきた音楽が知らないスケーターから共感を得たのなら、こんなに嬉しいことは無い。
 

 と、こんなことを9.11だしそこらへんと絡めて話したかったのだが、もちろん全然まとめきれず。さらに二回目のトークでは選挙のことも話すが、トーク明けの曲は「VOTE」では無く「衝動」であった。上記のプールの影響で最近大きめの板に付け替えたのだが、家で昔乗っていた板を発見したのでそれをもってライブする。ブラインドのマーク・ゴンザレス、インディのステージ7、ストリートレーザー95A、62mmだ。板にバイオレントグラインドのステッカーが貼ってあったので、やる予定は無かったけど「バイオレントグラインド」を最後にやって燃える。
 帰りは親切な客に車で送ってもらう。
 
 翌日午後1時、庭の芝生を刈る。青い芝生を輝かせる太陽が俺の腕と首筋に焼け付く日差しを浴びせる。たまに吹く弱い風では額の汗も止まらない。九月に入っても一向に弱まらない暑さだが、蝉時雨と形容される程の、あのうるさい鳴き声が今は全く聞こえない。静かな昼下がりに響くのは芝刈り機の音だけだ。麦茶を飲んで休憩しながら、揺れる洗濯物と高い空を見て行く夏を思う。ついでに刈り終わった満足感から「人は大地を離れては生きていけないのよ。」というシータの言葉を思い出してラピュタも思う。その後はもちろんまたプリンを食べたのであった。


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